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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)2141号 判決 1977年1月27日

原告 前原弘毅

右訴訟代理人弁護士 若泉ひな

被告 株式会社 武甲

右代表者代表取締役 伊藤吉雄

右訴訟代理人弁護士 有賀功

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が東京地方裁判所昭和四九年(ケ)第一三五号不動産引渡命令正本に基づき別紙物件目録記載の建物に対してした強制執行を許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五一年三月四日、債権者被告、債務者下川渉間の東京地方裁判所昭和四九年(ケ)第二七一号不動産引渡命令正本に基づき、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)につき明渡しの催告をした。

2  原告は、昭和三八年八月一九日、下川渉から賃料一か月金七五〇〇円の定めで賃借して引渡しを受け、以後居住占有している。

よって、右引渡命令に基づく本件建物の明渡執行の排除を求める。

二  本案前の抗弁

1  不動産引渡命令は執行処分であるから、第三者異議の訴は許されない。

2  実質的にも引渡命令が発せられるのは競落人が競落代金を完納し所有権を取得した後であるから、なお第三者が所有権等を主張して執行を排除することができると、競落人に不当な結果をもたらすこととなり、許されない。

3  このように解しても、引渡命令に対しては民事訴訟法第五四四条の異議の申立をすることができるから、第三者に対して保護に欠けることはない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実を否認する。

四  抗弁

1  原告は、下川渉の女婿であり、次のとおり債務者として本件建物を担保として利用している。

(一) 昭和四一年九月一六日付金二〇〇万円の抵当権(債権者全国信用金庫連合会、債務者東京特殊鋼業株式会社(以下「東京特殊鋼業」という)(代表取締役原告))

(二) 昭和四三年三月一一日付元本極度額金四〇〇万円の根抵当権(債権者荒川信用金庫、債務者(一)と同じ)

(三) 昭和四四年一二月二三日付金三〇〇万円の抵当権(債権者商工組合中央金庫、債務者(一)と同じ)

(四) 昭和四五年八月一日付金一〇〇〇万円の抵当権(債権者愛知産業株式会社、連帯債務者下川渉及び東京特殊鋼業)

(五) 昭和四八年八月七日付極度額金五〇〇万円の根抵当権(債権者合信株式会社、債務者原告)

右のうち(一)、(四)は本件競売前に弁済されているが、(二)、(三)、(五)は本件競落代金により配当がなされている。

(六) 本件競売の申立原因である荒川信用金庫に対する昭和四六年五月二一日付元本極度額金六〇〇万円の根抵当権の債務者である前原産業株式会社は、代表取締役が下川渉となっているが、取締役の原告が実質上の経営者である。

2  本件競売手続において、昭和四九年四月一三日東京地方裁判所執行官職務代行者水上寿治が賃貸借取調にあたった際、原告の妻であり、下川渉の長女である前川照子は本件建物について賃貸借はないと述べており、昭和五一年三月四日の執行に際しては、これに立会った下川渉の妻治子が賃貸していない旨述べ、同人の懇願により明渡の執行を延期したのであり、同月一一日被告が原告に会った際、原告自身賃借権があるといっていない。

3  右の事情の下では、原告が賃借権を理由として執行の排除を求めることは権利の濫用であって許されない。

五  抗弁に対する認否

争う。右賃貸借取調にあたって原告の妻が述べたのは、他人には貸していない趣旨であり、下川渉と原告らとは独立の世帯として居を構えていたのであり、競売物件を扱う専門業者である被告が現地を見分しているのであるから、右の事実を容易に知り得たはずである。

第三証拠《省略》

理由

一  不動産引渡命令について本訴が許されるかについて

不動産引渡命令は執行処分であるというべきであるが、そのことから直ちに本訴が許されないとはいえない。第三者異議の訴は具体的な個々の執行行為が、執行の目的物件に対する第三者の実体上の権利関係に基づいて許されるかどうかが問題となるのであるから、その執行が債務名義に基づくものかどうかとは直ちに関連はしない。また競売の目的物件に対する賃借権は、競売自体を妨げうる権能はなく、ただその物件の所有者に対して対抗しうる場合に引渡しを拒絶しうるにすぎないから、競売が終了し引渡の段階に至って初めてその権能を主張することができ、またそこでこそ保護する必要があるものである。さらに、これを保護するについては執行方法の異議又は即時抗告で足りるかの問題があり、一概には決し難いが、執行の適否が第三者の実体上の権利の存否にかかるものであって、単なる手続上のかしの有無に終るものではないから、訴によって争わせるのが相当である。よって原告の本訴は適法である。

二  そこで進んで本案について判断する。

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、請求原因2の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

3  そこで抗弁について考えてみる。《証拠省略》によれば、抗弁1、2の事実及び原告が下川渉に無断で本件建物に抵当権を設定したことがあること、本件競売手続については実際には、原告が主として不服申立手続を行なっていることが認められ、他にこれに反する証拠はない。右事実のもとにおいては、原告が本訴において本件建物についての賃借権を主張することは禁反言ないし信義則に反し許されないといわなければならない。《証拠省略》によれば、本件建物の門標に下川渉の名とともに原告の名が併記してあること、被告が不動産競売に数回関与していることが認められるが、この事実のみでは右判断を左右するものではない。

以上の次第により、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野達)

<以下省略>

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